路地に出る小さな出入口
路地に出る小さな出入口
あの男に逢いたい。
激しく抱いてほしい。
あの高みにつれていってほしい。
あの日から、そのことばかり考えている。
実は今日子は、今日を楽しみにしていた。
絵画について語り合うこのサークルの仲間に遠見夫人も名を連ねている。
夫人は熱心なメンバーだ。
欠席するときは、必ず残念そうに電話をかけてくるのが常であった。
それが、今日は何の連絡もないのに、遠見夫人の姿がない。
電話をしても、一向に出ない。
こんなことは一度もなかった。
彼女が、あの「カンちゃん」という男の存在を教えてくれた。
「カンちゃん」は「煙突屋」という秘密の愛人派遣クラブに登録しており、ホストクラブのように面倒や後腐れのない、純粋な性的奉仕をしていたのだ。
もっと、あの男のことが知りたい。
ほかのどんな男とも違う。
爛熟した女体を絶頂の極みにまで追いやりながら、果てることのなかったあの男。
鋼のような浅黒い体。
そして、あの、強靱なムスコ。
思い出すだけで喉が詰まり、窒息感を伴う快感が、背骨に沿って青い電光のように駆け上がる。
今日子は、うっとりとした目で宙を見つめていた。
一通りの茶菓に手をつけると、早々に席を立って辞去していった。
今日子は、現実と非現実が転倒した世界の中で、挨拶もそこそこに、自分の世界に浸っている。
あの濃厚な時間が、円環をなして頭の中を循環していた。
「あ、やばい、やばい」
「おまえが突き飛ばしたんじゃないか」
「違うよ、あいつが勝手によろけてぶつかったんだ」
二、三人の少年の興奮した声がした。
今日子が窓に寄ると、バタバタと足音が聞こえる。
外の塀の向こうに、走り去る何人かの後頭部だけが見えた。
そこは、今日子の邸宅の裏手に当たる場所で、細い路地になっているところだ。
階下に下りた今日子は、庭に出て裏手に回った。
家の中も、芝生の庭も、しんとしていた。
家政婦は買い物に出かけている。
絵画のサークルがある日は道草をしても咎められないため、帰りは遅くなるだろう。
ちょうど、さっき声がしたところに、路地に出る小さな出入口がある。
今日子は、錠前を外してそろそろと戸を開けてみた。
戸口から頭を出して左右を見た。
人影はもう見えない。
頭を引っ込めようとしたとき、今日子はぎょっとした。
左下の方、塀に背中をくっつけるようにして、制服姿の男の子が一人、横倒れになっている。