言葉とは裏腹
言葉とは裏腹
学生ではない、とすると、水商売の女か。
それとも……
侑香があれこれ考えていると、顔を少し赤く染めた父が、やおらこちらに向き直って口を開いた。
「いつから学校に戻るんだ?」
ぼそっとした声である。
娘のことを気遣っているようにも聞こえるが、実際は、早く一人になりたいだけなのかも知れなかった。
「うん……どうせ、出なきゃいけない講義もそんなにないし。
あとは卒論だけだから」
そこで口を切って、侑香は顔を上げた。
父の視線はテレビに戻っている。
侑香が黙ると、テレビの音声だけが食卓の上を静かに流れていく。
しばらくそんな状態が続いた後、今度はそのままの姿勢で父がつぶやく。
「父さんは明日から大学に出る。
心配ない」
「うん」
侑香はうなずいた。
父の「心配ない」とは、父を一人にして侑香が下宿に戻ってもよいという意味である。
「父さん」
「ん?」
「恵介さんは、どうしたのかしら?」
「うん……」
生返事の後、また沈黙が続いた。
恵介と自分の結納をいつにしようかなどと考えているのだろうか。
不幸があったから遅らせなければいけないとか……
「この間の教授会で、畑田君をうちの専任講師として推薦することになった……」
父が話し始めたことが意外だったので、侑香は思わず身を乗り出した。
「あとは理事会で承認されるのを待つだけだ……まあこれは形式上のことであって、まず本決まりだ。
心配することはない……母さんも喜んでいることだろう」
父は娘の顔をちらと見た。
侑香は視線を外し、
「父さんの研究室に、徳能さんという人がいるわよね。
お葬式のときにお会いしたの、初めて」
父はグラスを手にとって口元まで運んだが、またテーブルに戻す。
「彼は、研究者として、非常に有能だ」
侑香は父の表情を見た。
言葉とは裏腹に、冷たい。